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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)1号 判決 1975年1月29日

原告 宮本四郎

被告 此花税務署長

訴訟代理人 井上郁夫、吉川宣雄 ほか三名

主文

被告が原告に対してした、原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を金二、一三六、〇〇〇円とする更正処分のうち金八九六、二一一円を超える部分、および過少申告加算税賦課決定処分のうち、右金八九六、二一一円を超える部分に対応する部分、ならびに昭和四〇年分所得税の総所得金額を金一、七〇六、〇二七円とする更正処分(ただし裁決によつて一部取消された後のもの)のうち、金八六九、六六二円を超える部分、および過少申告加算税賦課決定処分(ただし裁決によつて一部取消された後のもの)のうち右金八六九、六六二円を超える部分に対応する部分は、いずれもこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを九分しその一を原告の、その余を被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1の事実(原告の営業と本件各処分の存在)は当事者間に争いがない。

二  そこで以下本件各処分に原告の所得を過大に認定した違法があるかどうかを検討する。

1  <証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、被告が昭和四一年六月ごろ、原告の本件係争各年分の所得を調査するために原告に帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、昭和四〇年分の売上帳一冊を提示したのみで、同年分の原始記録および昭和三九年分の帳簿および原始記録は処分済であると申立てて提示しなかつたこと、しかも右売上帳はルーズリーフ式のもので編綴順序が前後して記帳日付が不明瞭であり、記載内容も客からの預り品名のみで金額の記載がなかつたり、破損によつて記載内容が確認できない部分があるなど不完全なものであつたことが認められ(したがつて本件各処分を推計によつて行つたことは違法ではない)、本訴においても本件係争各年分の収入金額の全部および必要経費の一部については、これを実額で明らかにしうる資料の提出がないから、推計によつてこれらを算定することは、その方法が合理的である限り許容されるといわなければならない。

2  そこでまず便宜上、本件係争各年分の事業所得の計算上必要経費に算入されるべき金額について判断する。

(一)  一般経費

(1) 公租公課

<証拠省略>によれば、本件係争各年分の公租公課の明細は被告の主張4、(一)のA表のとおりと認められ、右認定に反する証拠は存在しない。したがつて昭和三九年分の公租公課は金七〇、四一一円、昭和四〇年分のそれは金七四、〇九一円となる。

(2) 水道光熱費

(イ) 電力料

<証拠省略>によれば、昭和四〇年分の料金は金七三、九〇四円と認められる。また<証拠省略>によれば、昭和三九年四月から一二月までの料金は金五七、六八九円と認められるが同年一月から三月までの料金を実額で明らかにしうる資料は本訴において存在しない。したがつて昭和三九年分の料金は被告の主張4、(二)、(注)一のとおり推計するほかはなく(昭和四〇年四月から一二月までの料金が金五四、四二五円であることは<証拠省略>によつて認めることができる)、その結果は金七八、三三六円となる(被告主張額七八、三四七円は違算と認める)。

(ロ) 電灯料

<証拠省略>によれば、昭和四〇年分の料金(家庭用も含む)は金一二五、七一九円と認められる。また<証拠省略>によれば、昭和三九年四月から一二月までの料金(家庭用も含む)は金九三、三五四円と認められるが、同年一月から三月までの料金(家庭用も含む)を実額で明らかにしうる資料は本件において存在しない。したがつて昭和三九年分の料金(家庭用も含む)は被告の主張4、(二)、(注)二後段のとおり推計するほかはなく(昭和四〇年四月から一二月までの料金が金九〇、六二二円であることは<証拠省略>によつて認めることができる)その結果は、金一二九、五〇九円となる(被告主張額一二九、四八一円は違算と認める)。

<証拠省略>によれば、右各料金のうちの事業割合は八〇%と認められる。したがつて事業所得の計算上必要性経費に算入されるべき金額は、右各料金に八〇%を乗じた金額であり、その結果昭和三九年分は次の算式のとおり金一〇三、六〇七円となり、昭和四〇年分は、(注)二前段の算式のとおり金一〇〇、五七五円となる。

(算式)

129,509円×80% = 103,607円

(ハ) 水道料

<証拠省略>を総合すると、本件係争各年分の水道料は被告の主張4、(二)のB表(3)のとおりと認められる。

(二) ガス料

<証拠省略>を総合すると、本件係争各年分のガス料は前記B表の(4)のとおりと認められる。

(ホ) 以上を合計すると昭和三九年分の水道光熱費は金二七六、二一二円、昭和四〇年分のそれは金二八三、八七七円となる。

(3) 旅費通信費

昭和四〇年分の旅費通信費が金四五、〇〇〇円であることにつき当事者間に争いがない。昭和三九年分のそれについては、本件においてこれを実額で明らかにしうる資料がないから、被告主張のように昭和四〇年分と同額と推定するのが相当である。

(4) 広告宣伝費

<証拠省略>によれば、本件係争各年分の広告費はいづれも金三、五〇〇円と認められる。

(5) 保険料

<証拠省略>によれば、昭和四〇年分の保険料は被告主張額のとおりと認められる。

(6) 修繕費

<証拠省略>によれば、本件係争各年分の修繕費はいずれも被告主張額のとおりと認められる。

(7) 消耗品費

昭和四〇年分の消耗品費が金四二一、二〇〇円であることにつき当事者間に争いがない。昭和三九年分のそれについては、被告は、ガソリン代の外は昭和四〇年分と特に変動はないと主張するが、そのことについて何ら立証がなく、またこれを実額で明らかにしうる資料がないから、原告に有利に昭和四〇年分と同額と推定するのが相当である。

(8) 福利厚生費

<証拠省略>によれば本件係争各年分の福利厚生費はいずれも被告主張額のとおりと認められる。

(9) 減価償却費

昭和四〇年分の減価償却費が金二五〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない(<証拠省略>によれば、これは機械についての減価償却費であるから一般経費に算入されるべきものである)。昭和三九年分のそれについては、実額で明らかにしうる資料がないから、被告主張のとおり昭和四〇年分と同額と推定するのが相当である。

(10) 以上を合計すると本件係争各年分の一般経費は別表一のCおよびF欄の各<2>の金額となる。

(二)  特別経費(雇人費)

(1) <証拠省略>は、昭和四〇年分の損益計算書であり(<証拠省略>によれば、これは原告が異議申立の際に提出したものである)、これには、昭和四〇年分の雇人費として金六五五、五〇〇円が計上されているが、<証拠省略>によれば、原告は、どの範囲まで必要経費として計上できるかについての知識がなかつたため、賃金として現金で支払つた額のみを雇人費として計上し、当然これに含まれるべき住込の雇人に対する賄費等を加算しなかつたことが認められる。したがつて、昭和四〇年分の雇人費は右現金支給額に賄費等を加算した金額でなければならないが(原告は、被告主張の昭和四〇年分の雇人費金六五五、五〇〇円を認めているが、これは主要事実ではないから自白の拘束力はないというべきである)、本件においては、賄費等の金額を実額で明らかにしうる資料がないから、昭和四〇年分の雇人費は実額で認定できる昭和四一年の雇人一人当たりの平均賃金(賄費等も含む)によつて推計するのが相当である。

<証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、昭和四一年の雇人は六名であり、これに要した雇人費は、賄費等を含めて、金一、一九〇、〇〇〇円と認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると雇人一人当りに要する平均賃金は次の算式のとおり金一九八、三三三円となる。

1,190,000円÷6 = 198,333円

<証拠省略>によれば、昭和四〇年の雇人は四名と認められるから(この認定に反する<証拠省略>の一部は右証拠に照して信用できない)、昭和四〇年分の雇人費は次の算式のとおり金七九三、三三二円と推計される。

198,333円×4 = 793,332

(2) 昭和三九年分の雇人費についてはこれを実額で明らかにしうる資料がないから、昭和四〇年分のそれと同様に推計するほかはないところ、<証拠省略>によれば、昭和三九年の雇人は昭和四〇年と同じく四名と認められるから、昭和三九年分の雇人費は昭和四〇年分のそれと同額の金七九三、三三二円と推計することができる。

3  次に本件係争各年分の収入額について検討する。

(一)  <証拠省略>および弁論の全趣旨によれば、一般にクリーニング業の収入金額は、機械設備、従業員の数および熟練度、営業内容、加工料金の諸条件が一定であれば、電力および水道使用量におおむね比例するということができるから、被告主張の本件係争各年分の収入金額の推計方法は、被告が基準とした昭和四一年の事業の諸条件と本件係争各年のそれとの間に変化がなければ一応合理的なものということができる(被告の主張に対する原告の答弁2、(二)、(1)の主張は、昭和四一年ないし昭和四三年の原告の事業の諸条件の同一性に問題があるから、にわかに採用しがたい。)。しかし右推計方法もそれが推計である以上、当然ある程度の誤差を免れないが、推計によつて得られた結果が、実額で算出されたその後の年度の事業実績と比べて著しく均衡を失している場合には、許容される誤差の範囲を越えているのであり、したがつて、右推計方法によつて得られた結果は、実体からかけ離れたものとして採用されるべきではない。そこで、昭和四一年と本件係争各年の事業の諸条件の同一性の問題はしばらく措き、まず、被告主張の推計方法によつて得られた事業実績と実額で認めることのできる昭和四一年から昭和四六年までのそれとを比較検討することにする。

被告主張の本件係争各年分の収入金額の推計過程は、被告の主張3、(一)のとおりであり(昭和四一年分の収入金額は当事者間に争いがなく、その余の数値については<証拠省略>によつて認めることができる)、これに従つて計算すると、昭和三九年分の収入金額は金四、二四六、一七八円、昭和四〇年分のそれは、金三、七三一、五三八円となり、これにもとづき、本件係争各年分の差益率および事業所得を計算すると別表二のAおよびB欄のとおりとなる。

また<証拠省略>によれば、昭和四一年から昭和四六年までの実額で算出された差益率および事業所得金額は別表二のCないしH欄のとおりとなる。

そこで、別表二のAないしH欄を比較すると、被告主張の収入金額によつて計算した昭和三九年の事業所得は、昭和四一年のそれの約三倍であり、差益率も一〇%以上高く、また昭和四〇年の事業所得も昭和四一年のそれの二倍以上であり、差益率も一〇%以上高い。そして右本件係争各年分の差益率は昭和四二年以降のそれと匹敵するかまたはそれよりも高く、また事業所得は昭和四五年および昭和四六年のそれにほぼ匹敵しているということができる。

ところで、<証拠省略>ならびに前認定の別表二のCないしH欄の内容を総合すると、昭和三七年ごろから、クリーニング業界に、低料金で簡易にクリーニングをするコイン店が急増し、原告の営業所付近の春日出町商店街にもこれが多数できたため、原告もその影響を受け、昭和三九年から昭和四一年にかけて顧客がコイン店に吸収され、特に水洗加工に比し、差益率の高いドライ加工の受注が減少し、これにともない売上高も減少したこと、しかし、昭和四二年以降は、原告のような通常のクリーニング業者の仕事に一般の理解が深まり、コイン店に吸収された客が再び戻つてきてドライ加工の受注も回復したうえ、あらたに病院の仕事も加わり、またクリーニング代の値上がなされる等の事情の変化もあつて、常雇を七名に増員し、臨時雇も入れた結果、業績がしだいに向上し、売上も毎年増加するに至つたことが認められる。

この事実に照らすと、本件係争各年の差益率が昭和四一年のそれと比較して一〇%以上も高率であり、しかもドライ加工の受注が回復した昭和四二年以降のそれに匹敵するかまたはそれ以上となつたり、また事業所得が昭和四一年の二ないし三倍もあつて、事業実績の向上した昭和四五、四六年のそれにほぼ匹敵するなどということは到底ありえないと考えられ、そのようなありえない結論となる被告主張の推計方法による計算結果は不合理なものとして採用することができない。

(二)  したがつて本件係争各年分の収入金額を求めるためには、被告主張の推計方法以外の推計方法によらなければならないことになる。

ところで一般経費は、特別経費(建物減価償却費、地代家賃、支払利子、雇人費等)に比し、収入金額にほぼ比例して変動すると考えられるが、本件では、前認定によれば、昭和四一年と本件係争各年の事業の状態がほぼ同一と認められ、かつ本件係争各年分の一般経費が既に認定されているから、昭和四一年の一般経費率(収入に対する一般経費の割合-差益率が別表二C欄<4>のとおり〇・五八六六であるから、一般経費率は一-〇・五八六六=〇・四一三四となる)を適用して本件係争各年分の収入金額を推計するのが相当である。そして推計方法それ自体は、経験則の問題でもあるので、特に不意打にならない限り、当事者の主張しない方法を用いることも可能であると解すべきであるところ、右の標準的な一般的経費率と既に確定されている一般経費から収入金額を推計する方法は通常用いられているものであり、その資料も既に本件訴訟において提出されたものを用いるのであるから、右推計方法を用いることは許されるというべきである。

そうすると次の算式のとおり昭和三九年分の収入金額は、金二、七七七、九四六円、昭和四〇年分のそれは二、七三二、六八七円となる(<証拠省略>に記載されている昭和四〇年分の収入金額は、<証拠省略>によれば、その正確性に疑問があるから採用できない)。

算式

一般経費/一般経費率=収入

1,148,403円/0.4134 = 2,777,946円 昭和39年

1,129,693円/0.4134 = 2,732,687円 昭和40年

以上によれば、本件係争各年分の事業所得は別表一のCおよびF欄の各<4>の金額となる。

4  本件係争各年分の配当所得がいずれも金六〇、〇〇〇円であることにつき原告は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

5  以上によれば、原告の昭和三九年分の総所得金額は、別表一C欄のとおり金八九六、二一一円となり昭和四〇年分のそれは別表一F欄のとおり金八六九、六六二円となるから、本件各更正処分は右各総所得金額を超える部分につき、いずれも原告の所得を過大に認定した違法があり、したがつてこれに付随してなされた本件各過少申告加算税の賦課決定処分も右各超過部分に対応する部分につき違法となる。

三  よつて原告の本訴請求は、本件各更正処分のうち、右各総所得金額を超える部分の取消、および右各超過部分に対応する本件各過少申告加算税の賦課決定処分の取消を求める部分に限り正当として認容し、その余の部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

別表一、二<省略>

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